救急車、呼ばなきゃよかった?“家に帰りたい”が叶わないときに起きていること
「入院をきっかけに、二度と自宅へ戻ってこれなくなってしまう人も珍しくありません。」
今回、あるご家族からブログに寄せられた質問が、いまの医療の難しさをぎゅっと凝縮しているようで、私自身とても考えさせられました。
転倒による大腿骨骨折で入院。ご本人は早い段階から「家に帰りたい」と希望していたのに、病院側の意思からは「在宅療養は難しい」と言われ、退院が叶わなかった_。
ご家族としては、もう積極的治療やリハビリを望んでいたわけではなく、ただ「穏やかに最期の時間を過ごしてほしかった」。それでも希望が通らないまま、結果的に望まない看取りにつながってしまった。
そして残ったのは、こんな思いでした。
「どうしたら聞いてもらえたのでしょうか?」
「救急車を呼ばなきゃよかったの?」
今回、あるご家族からブログに寄せられた質問が、いまの医療の難しさをぎゅっと凝縮しているようで、私自身とても考えさせられました。
転倒による大腿骨骨折で入院。ご本人は早い段階から「家に帰りたい」と希望していたのに、病院側の意思からは「在宅療養は難しい」と言われ、退院が叶わなかった_。
ご家族としては、もう積極的治療やリハビリを望んでいたわけではなく、ただ「穏やかに最期の時間を過ごしてほしかった」。それでも希望が通らないまま、結果的に望まない看取りにつながってしまった。
そして残ったのは、こんな思いでした。
「どうしたら聞いてもらえたのでしょうか?」
「救急車を呼ばなきゃよかったの?」
骨折が“人生の分岐点”になることは、本当に多い
骨折は怪我です。でも高齢者にとっては、骨折=歩けなくなるきっかけになりやすく、その後の生活が大きく変わります。
「昨日まで元気だったのに、転倒をきっかけに歩けなくなって、そこから人生が変わってしまった」
こういうケースは、現場では決して少なくありません。
「昨日まで元気だったのに、転倒をきっかけに歩けなくなって、そこから人生が変わってしまった」
こういうケースは、現場では決して少なくありません。
「在宅は難しい」の根拠が、説明されないまま決まっていく
今回のポイントはここです。
病院の医師が「在宅療養は難しい」と判断したとき、その根拠がはっきり共有されていないことが多い。
医師側に在宅医療の経験がどの程度あるか、という影響もあります。
研修で訪問診療を経験する機会は増えていますが、実際に「家に帰ってから医療をどう組み立てるか」(点滴はどうするか、介護サービスとどう組むか)」まで深く腹落ちするのは、やはり現場経験が必要です。
また、病院側としては「家に帰したあとに何が起きるか」を完全には読み切れません。
ご家族の介護力や覚悟、サービスの受け入れ状況も、やってみるまで分からない部分がある。
帰った後に「こんなはずじゃなかった」となり、すぐ再入院になるケースも実際にあります。
その”見えない不安”が、退院判断を慎重にさせている背景のひとつです。
病院の医師が「在宅療養は難しい」と判断したとき、その根拠がはっきり共有されていないことが多い。
医師側に在宅医療の経験がどの程度あるか、という影響もあります。
研修で訪問診療を経験する機会は増えていますが、実際に「家に帰ってから医療をどう組み立てるか」(点滴はどうするか、介護サービスとどう組むか)」まで深く腹落ちするのは、やはり現場経験が必要です。
また、病院側としては「家に帰したあとに何が起きるか」を完全には読み切れません。
ご家族の介護力や覚悟、サービスの受け入れ状況も、やってみるまで分からない部分がある。
帰った後に「こんなはずじゃなかった」となり、すぐ再入院になるケースも実際にあります。
その”見えない不安”が、退院判断を慎重にさせている背景のひとつです。
家に帰るために大切なのは「説得」よりも「チームの見える化」
では、どうすればよかったのか。
簡単な答えではありませんが、ひとつ言えるのは_
「家で最期まで過ごす」という前提で、在宅側の受け皿が“見える”こと。
ここが整うと、病院側の判断は変わりやすくなります。
たとえば、
こうした「体制が組めている」状態が示せると、病院側も“戻してよい”判断をしやすくなります。
簡単な答えではありませんが、ひとつ言えるのは_
「家で最期まで過ごす」という前提で、在宅側の受け皿が“見える”こと。
ここが整うと、病院側の判断は変わりやすくなります。
たとえば、
- 退院後に関わるケアマネジャーが決まっている
- 訪問介護や介護サービスの導入イメージがある
- 看取りまで対応する在宅医(訪問診療のクリニック)と事前に面談できている
- ご本人・ご家族の希望(どこまで治療を望むか、どんな最期を望むか)が言語化されている
こうした「体制が組めている」状態が示せると、病院側も“戻してよい”判断をしやすくなります。
「主治医の判断がすべて」になりやすい医療の構造
質問の中にあった、もう一つの重い言葉。
「救急車を呼ぶと主治医が変わってしまい、その医師の判断がすべてになる」
これは、いまの医療では起こりやすい現実です。
大きな病院では外来医と病棟医が別であることも多く、入院のたびに担当医が変わることも珍しくありません。
医師の異動もあり、長期にわたり同じ医師が診続けられるケースは限られます。
つまり、「主治医」という言葉自体が、実はとても曖昧になりやすい。
家族が「この先生が主治医」と思っていても、医療側の認識と食い違うこともあります。
そして医師の言葉の力は強く、家族が意見を伝えること自体が難しい場合も多い。
このギャップが、心残りにつながってしまうのだと思います。
「救急車を呼ぶと主治医が変わってしまい、その医師の判断がすべてになる」
これは、いまの医療では起こりやすい現実です。
大きな病院では外来医と病棟医が別であることも多く、入院のたびに担当医が変わることも珍しくありません。
医師の異動もあり、長期にわたり同じ医師が診続けられるケースは限られます。
つまり、「主治医」という言葉自体が、実はとても曖昧になりやすい。
家族が「この先生が主治医」と思っていても、医療側の認識と食い違うこともあります。
そして医師の言葉の力は強く、家族が意見を伝えること自体が難しい場合も多い。
このギャップが、心残りにつながってしまうのだと思います。
“何かあってから”ではなく、“元気なうち”に話しておく
最後に。
在宅で自然な看取りを望む人は増えています。
けれど、急な病気や予想外の経過で、突然苦しくなることもある。
そのとき「どうするか」は、その場で決めるには重すぎるテーマです。
だからこそ大事なのは、
この“準備”があるだけで、緊急搬送や入院という場面でも、選択肢が残りやすくなります。
在宅で自然な看取りを望む人は増えています。
けれど、急な病気や予想外の経過で、突然苦しくなることもある。
そのとき「どうするか」は、その場で決めるには重すぎるテーマです。
だからこそ大事なのは、
- 家族の中で、希望や考えをある程度共有しておく
- いざという時に相談できる在宅医・訪問看護・ケアマネの“つながり”を持っておく
- どこまで治療を望むか/望まないかを、言葉にしておく
この“準備”があるだけで、緊急搬送や入院という場面でも、選択肢が残りやすくなります。
希望が通らなかったのは、家族のせいではない
「どうしたら聞いてもらえたのか」
そう悩むご家族は少なくありません。
ただ、これは家族の努力不足というより、
医療の仕組み・経験の差・責任の所在・情報の非対称性が重なって起きていることが多いのです。
だからこそ、これからの時代は
「困ったら連絡していい」
「一緒に考えていい」
そんな関係を、普段から医療・介護のチームの中で作っていくことが、ますます大切になるのだと思います。
そう悩むご家族は少なくありません。
ただ、これは家族の努力不足というより、
医療の仕組み・経験の差・責任の所在・情報の非対称性が重なって起きていることが多いのです。
だからこそ、これからの時代は
「困ったら連絡していい」
「一緒に考えていい」
そんな関係を、普段から医療・介護のチームの中で作っていくことが、ますます大切になるのだと思います。

